FEEDNOTE No.29 掲載記事
歯髄組織中の幹細胞の役割
読者の皆様、初めまして、このコラムから歯髄の幹細胞とその幹細胞を用いた治療について概説させていただくことになりましたので、よろしくお願いします。「基礎系講座の先生は、わかりにくい講義をする」と言われないように気を付けます。
さて、初回は歯髄組織中の幹細胞の役割について復習しましょう。筆者は平成元年に卒業しましたが、その当時、幹細胞という概念はありませんでした。現在は幹細胞という概念が生まれたことから、筆者が担当する歯学部生の「歯の組織学と発生学」の講義では、歯髄や象牙質の形成について適切な説明ができるようになりました。では、早速始めましょう。
まず、歯がどのようにしてできてくるのかを思い出しましょう。歯の発生初期から歯冠の完成までの時期は4つに分けられます。蕾状期、帽状期および鐘状期の前期と後期です(●図1)。

歯冠が完成すると歯根の形成時期に入ります。家屋などの建物は、土台を作ってから上物を作りますが、歯の発生では、上物(歯冠)を先に作ってから土台(歯根)が作られます。歯根ができてから歯冠形成が始まると歯の発生過程もわかりやすいかもしれませんね。象牙質やエナメル質は鐘状期後期になって形成されます。それでは最初の質問です。象牙質を作る細胞の名前を覚えていますか? 答えは、象牙芽細胞です。組織名に「芽」を付けるだけですから、覚えやすかったですよね。次は少し難しい質問です。鐘状期後期に象牙芽細胞が位置する組織を覚えていますか? 答えは「歯乳頭」です。完成した歯の象牙芽細胞が位置する組織は「歯髄」と呼びますが、発生過程では「歯乳頭」と呼びます。形や役割が異なるとそれぞれに名前が必要になりますので、歯冠が完成するまでは「歯乳頭」です。また、歯根の形成過程で、根尖孔付近の組織は「根尖部歯乳頭」と呼び、完成した歯根の内側のみを「歯髄」と呼びます。まとめますと、歯冠や歯根が未完成時は「歯乳頭」、完成後は「歯髄」と名付けているわけです。
さて、次の質問が今回のコラムの本質です。象牙質を作る象牙芽細胞は、誰が作るのでしょうか? 答えは、歯髄幹細胞です。歯髄幹細胞は、歯髄の中央部にみられる血管の周囲に存在します。この歯髄幹細胞は、分裂して増殖する能力を持ちます。細胞が増えるときは、一つの細胞が二つに分裂します。その際、片方はそのまま歯髄幹細胞として維持されて、もう片方が象牙芽細胞に分化します(●図2)。「分化」という言葉は聞きなれた言葉でしょうか? 幹細胞が分化すると機能を持つようになります。象牙芽細胞の場合は、象牙質を作る機能を持つことになります。つまり、象牙質を作るために、歯髄幹細胞が象牙芽細胞に分化します。学生には、象牙芽細胞は工場の働きがあると説明します。象牙質は体の中の組織の一つです。同じ形や機能を持った細胞が集まってできたものが「組織」です。歯髄幹細胞の機能に話を戻しましょう。歯髄幹細胞の機能の一つが、自分と同じ機能をもつ細胞を維持することで、これを「自己複製能」と呼びます(●図3)。自分(歯髄幹細胞)がすべて象牙芽細胞になってしまうと、次に象牙芽細胞が必要になったときに、象牙芽細胞を供給することができません。なぜなら、象牙芽細胞には増殖する能力がないからです。一方で、歯髄幹細胞には組織を作る工場の働きがありません。


話題を歯髄に移します。歯髄は細胞と線維成分で構成される結合組織です。さて、質問です。歯髄の線維成分を作る細胞は誰でしょうか? 答えは、線維芽細胞です。この線維芽細胞は、誰が作るのでしょうか? 答えは、歯髄幹細胞です。となると、歯髄幹細胞は、象牙芽細胞と線維芽細胞に分化できることになります(●図2)。このように、いくつもの種類の細胞に分化できる機能を「多分化能」と呼びます。
ここで、今回の「歯髄幹細胞の機能」についてまとめましょう。歯髄幹細胞の歯髄組織中における役割は、「自己複製能」と「多分化能」の機能を発揮して、線維芽細胞と象牙芽細胞に分化して、歯髄と象牙質の形成や維持することです。
さて、今回のコラムはわかりやすかったでしょうか?わかりにくい点は、お気軽に質問してください。次回は、歯髄幹細胞の多分化能を活かした治療について概説しますので、次回も読んでくださいね。